お酒ではなく、あくまでBARについて発信し続けるたまさぶろ氏は、無自覚にも人並み以上にBARを巡り続け、気づけばその数は1,500軒以上とか。BARの悪口を書くために使ったハンドルネームが、今や書籍の出版やテレビ出演を果たす、ある意味責任ある立場に。珍しい「BAR評論家」として活動中です。

たつお
「BAR評論家 たまさぶろ」となったきっかけはなんだったんでしょうか?

たまさぶろさん
元々は雑誌の編集者だった経験もあるので、フリーで書いてはいました。BAR評論家という意識はありませんでした。音楽や建築、クルマなど、別ジャンルの原稿も書いていました。
でもあるとき、あるBARで「これは悪口のひとつも書いてやらんと気が済まん」くらい頭にくることがあり、しかし、もともと使っていたペンネームで書いちゃうと私だということがバレてしまうので、ハンドルネームを作って書き込んでやれ!と。
でもあるとき、あるBARで「これは悪口のひとつも書いてやらんと気が済まん」くらい頭にくることがあり、しかし、もともと使っていたペンネームで書いちゃうと私だということがバレてしまうので、ハンドルネームを作って書き込んでやれ!と。

たつお
…悪口を書くために「たまさぶろ」が生まれたんですか?

たまさぶろさん
そうなんです。もともと私は若い頃、結構な痩せ型で、色白だったもので、歌舞伎の坂東玉三郎さんにちなんで「たま」と呼ばれていました。それを思い出し、しかし人間国宝に申し訳ないので最後のひと文字を削り「たまさぶろ」と。
今となっては、この体型なんで誰が見ても由来が分からないですが(笑)。
この名前でグルメサイトに悪口を書いたら「面白い、もっと書け!」とまわりに言われて。じゃあ、もう備忘録として「BARのレビューを書き込んでおくか…」というのが始まりです。
今となっては、この体型なんで誰が見ても由来が分からないですが(笑)。
この名前でグルメサイトに悪口を書いたら「面白い、もっと書け!」とまわりに言われて。じゃあ、もう備忘録として「BARのレビューを書き込んでおくか…」というのが始まりです。

意外と不純な動機だった。

たつお
意外な始まりでした。

たまさぶろさん
そうやって続けていたら、知り合いの編集者からの紹介で出版社から依頼が来て「東京都内120軒のBAR特集」で行きましょうと。そこから1か月くらいで全部取材し。

たつお
また結構な強行軍で…。

たまさぶろさん
「じゃあ締め切りは来月で」と言われ。
「えぇー!? 120軒を1か月で書くの? 俺!?」と(笑)。
「えぇー!? 120軒を1か月で書くの? 俺!?」と(笑)。

たつお
(乱暴だ…。)そのタイミングで初めてBAR評論家「たまさぶろ」が誕生したわけですね。

たまさぶろさん
そうですね。書籍とか名前が出てしまうとそちらのイメージが1人歩きしちゃうみたいで…。
ある時、知り合いのBARに行ったら一杯頼む前から、マスターが若いバーテンダーを奥から連れてきて「こいつね、たま先生の本に影響受けてバーテンダーになったんですよ。」って。
ある時、知り合いのBARに行ったら一杯頼む前から、マスターが若いバーテンダーを奥から連れてきて「こいつね、たま先生の本に影響受けてバーテンダーになったんですよ。」って。

たつお
え?

たまさぶろさん
「マジー!? それやばい」と思いましたよ(笑)。

たつお
他人の人生を変えた…。

たまさぶろさん
銀座の教文館さんに行ったら、「銀座のBAR案内あります」と平積みされポップまで出てるんですよ。さすがに、ちゃんと「BAR評論家」という肩書きを名乗り、名刺も作りました。
「BAR評論家」って検索しても、あんまり他の方は出てこないんですよね。
「BAR評論家」って検索しても、あんまり他の方は出てこないんですよね。

たつお
お酒に詳しい人ならたくさんいますよね。

たまさぶろさん
そうなんです。ウイスキーやお酒の評論家なら結構いらっしゃるんですよ。でもBARだけを評論している人はあんまりいなくて、「じゃあ、それでいいか」と(笑)。

たつお
なるほど、ニッチを攻めましたね(笑)。
ところで、そもそものBAR通いのきっかけは、なんだったんでしょう?
ところで、そもそものBAR通いのきっかけは、なんだったんでしょう?

たまさぶろさん
当時、大学の近くに誰もが通うダイニングバーがありました。カクテルも数多く揃えていて。学生なので当時はあんまり分からないじゃないですか…。だから「今日はメニューの1番上から5番目まで」、次来たときは「6番目から10番目まで飲んでみよう」と、一緒に行った友達と回し呑みしみんなでカクテルを覚えました。
貧乏なのでバイト代が入った日だけ、本格的なBARに行ってみたり…大学生が背伸びして1杯1,000円のカクテルを飲んだり。でも、翌日の昼飯代が心配になったりしましたが…(笑)。
貧乏なのでバイト代が入った日だけ、本格的なBARに行ってみたり…大学生が背伸びして1杯1,000円のカクテルを飲んだり。でも、翌日の昼飯代が心配になったりしましたが…(笑)。


たつお
それ以降、かれこれ1,500軒はまわってきたと。

たまさぶろさん
国内はそれぐらいです。グルメサイトに備忘録として記録しているので、国内の軒数は把握しています。ただ仕事の関係で10年近く海外に住んでいたことがあり、その頃の記録がなくて海外のBARについては軒数がわからないままですが…。

たつお
好きでやっているBAR通いが、今では見事にお仕事になったわけですね!

たまさぶろさん
そうですね。BAR評論家を名乗り始める前ですが、結構自慢なのは静岡の「ブルーラベル」を取材したことがあるんです。このBARはマスコミに絶対露出しないというポリシーを持っていた店で、知る人ぞ知る名店。わざわざ北海道から足を運ぶお客さんもいたりするほど。
たまたまそこの常連さんに、私の先輩の同期がおり、その常連さんからオーナーに掛け合ってもらった結果、取材のOK頂きました。取材を渋っていた割には、ものすごく快く対応して頂きました。
たまたまそこの常連さんに、私の先輩の同期がおり、その常連さんからオーナーに掛け合ってもらった結果、取材のOK頂きました。取材を渋っていた割には、ものすごく快く対応して頂きました。

たまさぶろさん
その取材以降、あちらこちらの取材を受けてらっしゃるんだろうな…と勝手に思い込んでいたところ、先日久々に取材に伺ったら、「あの取材」以降、やはりメディアには露出していないんだそうです。
「あの伝説のBARを取材したことがあるのは、オレだけ」という、プチ自慢です。取材した掲載誌は、オーナーに気に入って頂き、120冊もお買い上げ頂いたんです。
「あの伝説のBARを取材したことがあるのは、オレだけ」という、プチ自慢です。取材した掲載誌は、オーナーに気に入って頂き、120冊もお買い上げ頂いたんです。

たつお
BAR評論家の特権だ…!

たまさぶろさん
(笑)。別の書籍の企画では、女性バーテンダーさんをテーマに据えました。今でこそ女性バーテンダーは珍しくもないんですが、2011年当時はまだ少なかった。それをカメラマンと二人で全国行脚し50人以上取材、出版にこぎつけました。

たつお
また結構まわりましたね。

たまさぶろさん
メーカーのカクテル・コンペティションとかにで名刺をお渡しすると、ペンネームにはピンと来ない方でも、名刺の裏に『麗しきバーテンダーたち』という出版した書籍のタイトルを見つけると「あぁ、あの本の方なんですね!」とリアクションされます。もう書籍のほうが本人よりも有名なんだ!って(笑)。
先日、取材でメルボルンに足を運んだのですが、なんと現地のBARで『麗しきバーテンダーたち』を突きつけられ、「サインしてくれ」と言われ、驚きました(笑)。
先日、取材でメルボルンに足を運んだのですが、なんと現地のBARで『麗しきバーテンダーたち』を突きつけられ、「サインしてくれ」と言われ、驚きました(笑)。


たつお
ずいぶん話が大きくなってきましたね…。

たまさぶろさん
そうですね。当初はハンドルネームを使って「店の悪口を書こう」なんてひどく不純なモチベーションで始めましたから、その時と比べると随分と遠くまで来たなと思います。

たつお
書籍に触発されたバーテンダーも生み出してますし。

たまさぶろさん
意外にそういう方がいらっしゃるらしいんですよ。これからは真面目に活動しようと思ってます(笑)。

たつお
ところで、長年通い、発信されてきて思う、BARの良さとはなんでしょう?

たまさぶろさん
1番落ち着くんですよね。仕事で会食とかあると、もちろん美味しいお店で楽しんでいるはずなんですが、なぜか疲れるんですよね。
すると、家に帰る前に1軒寄らないと気が済まない。
すると、家に帰る前に1軒寄らないと気が済まない。

たつお
1人になった時にどっとくる疲れですよね。

たまさぶろさん
バーテンダーの方とお話しして「新しいウイスキー入りましたよ」なんて言われると、それでハイボール作ってもらったり…。
そうして、ようやくひと息つけるんです。クールダウンした後に、やっと帰宅する(笑)。
そうして、ようやくひと息つけるんです。クールダウンした後に、やっと帰宅する(笑)。

たつお
そんな落ち着く空間が「壊れる」瞬間ってありますか?

たまさぶろさん
BARでは他のお客さんの会話もまる聞こえなんです。もともと静かだからということもありますし。そんなBARで無粋に女性を口説いているのは興ざめします。女の子を口説くのは別に構わないです。しかし「アルコールは苦手」と明言している子にドライ・マティーニをオーダーし「もっと呑んで」と言っておきながら、自分はハイボールを呑んでいる男とか…。
下心見え見えな会話が聞こえてくると実にみっともない。バーテンダーさんにも見え見えですから、女性の前にそっとチェイサーのお水を出されたりして…。
スマートに口説いたらかっこいいと思います。
下心見え見えな会話が聞こえてくると実にみっともない。バーテンダーさんにも見え見えですから、女性の前にそっとチェイサーのお水を出されたりして…。
スマートに口説いたらかっこいいと思います。

たまさぶろさん
あとは忘年会など飲み会の後に飛び込んで来る団体客ですかね。大人数で入れる日本のBARは多くないんですが、そんな店に酔っ払って「バン!」とドアを開け、「今から20人いけますか?」と大声上げて入って来る輩。カウンター8席しかない店にどうやって20人が入れるか、店を見てから言え!と。
静かに呑んでいる先客もいる中、そこに大声のヨッパライが現れると興ざめしますねぇ。
静かに呑んでいる先客もいる中、そこに大声のヨッパライが現れると興ざめしますねぇ。

静かに呑むたまさぶろさん

たつお
なるほど、落ち着ける場所なのに、それでは雰囲気ぶちこわしですもんね。
そんな、もともと好きで通っていたBARを発信し続ける目的、意義とはなんでしょうか?
そんな、もともと好きで通っていたBARを発信し続ける目的、意義とはなんでしょうか?

たまさぶろさん
もともとは自分が足を運んで「良かった」と思ったBARの備忘録に過ぎませんでした。ただ、書籍まで出してしまうと、ある程度は責任も感じます。
「BAR」と聞くだけでは、雰囲気もお酒の良さもすべて同じに聞こえるじゃないですか。
「BAR」と聞くだけでは、雰囲気もお酒の良さもすべて同じに聞こえるじゃないですか。

たつお
たしかに、私のBARのイメージは一貫してます。

たまさぶろさん
しかし、中にはもちろんハズレのBARもあるわけで…。たまたま、そのハズレのBARに入ってしまったが故に、「BARは高いし、大して美味しくもないし、バーテンダーは意地が悪いし…」と思われたら、BAR評論家としては後味悪いじゃないですか。

たつお
もうBARに行かなくなるかもしれないです。

たまさぶろさん
そんなハズレのBARに行くぐらいなら、ぜひBAR評論家がオススメする店に行って欲しいっていう想いがあります。

たつお
BARって、グルメサイトでも正直よく分からないですもんね。

たまさぶろさん
グルメサイトの「BAR」のカテゴリも意外にいい加減ですしね。例えば高級料理をネットの口コミだけで食べに行くのは、やはり不安あるじゃないですか。そうなるとちゃんと書籍に書かれている店を選ぶとか、「ミシュランガイド」をチェックしたり、知人に訊ねてみるわけですよね。そんなニーズがあるからこそ、雑誌でも年に1回くらいはBAR特集が組まれていますよね。BARも居酒屋と比べると高いですし。
昔は先輩や知り合いに連れられて、BARを勉強するもんでしたが…。
昔は先輩や知り合いに連れられて、BARを勉強するもんでしたが…。

たつお
今もそうかもしれないです。分からないですもん。

たまさぶろさん
そうなんですよね、知らない人にとってはちょっと入りにくい、敷居が高いですからね。かつ、BARもそれを目指してさえいます。BARも飲み会の帰りに酔っ払いが10人とかで押しかけられても困りますから。だからこそ、BARにはガイドが必要なのかな…と思っています。

ほっとひと息

たつお
悪口から始まった活動ですが、今後はどうしていく予定ですか?

たまさぶろさん
BARはもともと海外の文化ではありますけど、日本のBAR文化も魅力的です。日本の方に限らず広く知っていただければと思います。日本のバーテンダーさんは海外のコンペティションで優勝したり、海外のBARにゲストとして呼ばれたりするほど優秀。「日本のBARはすごいんだよ」と発信できればいいなと考えています。
海外向けにBARガイドを書くと、それを読んで日本のBARに来てくださる…インバウンド観光の一翼にもなっているようですから、興味深いし、もう少しこの仕事を続けようかな…と思っています(笑)。
海外向けにBARガイドを書くと、それを読んで日本のBARに来てくださる…インバウンド観光の一翼にもなっているようですから、興味深いし、もう少しこの仕事を続けようかな…と思っています(笑)。

たつお
とはいえ、あんまり魅力的に広まりすぎてお店が混んじゃっても嫌な気がしますね(笑)。

たまさぶろさん
いえいえ、レストランとは異なり、BARに行かない人は行かない。BARに行きたい人だけに行ってもらえればいいと思っています。BARはそれでも成り立ちますし。
「なんちゃってBAR」で散財するくらいなら、私の記事をチラッとでも見て「本物のBAR」へ行ってもらえたらいいと思います。
「なんちゃってBAR」で散財するくらいなら、私の記事をチラッとでも見て「本物のBAR」へ行ってもらえたらいいと思います。
取材協力-BAR武蔵(東京都中央区銀座8丁目10−7 東成ビルB1)
取材・文:のみちたつお(@_nomichi_)