駄菓子屋ハンター土橋 真

駄菓子屋を訪ね歩いて370軒、現在仲間募集中!孤高の駄菓子屋ハンター

「駄菓子屋は『グレーゾーン』も含めて、これまで370軒ほどはまわってますね」webにもほとんど情報がない駄菓子屋。それを探し出し訪ねて行き、駄菓子屋の素晴らしさを啓蒙し続ける駄菓子屋ハンター。

駄菓子屋も駄菓子メーカーも減り続ける現状に歯がゆさを感じつつも、1人の活動には限界もあり…。
たつお
たつお
早速ですが、駄菓子屋ハンターとしてどのようなご活動を?
土橋さん
土橋さん
駄菓子屋を嗅ぎつけて、そこに行き、店の中を見ながら、おじちゃんおばちゃんと喋って、「あなたたちは素晴らしいことをしているんですよ」ってお伝えすることと、「こんな素晴らしい駄菓子屋がまだまだ残ってるんだよ」っていうのを世の中にお伝えするという、大きく2本柱で活動しています。
たつお
たつお
その足跡をブログやTwitterで発信されているんですね。
土橋さん
土橋さん
本当はデータベース化していきたいんですが、手が回ってなくて、ただ野放図に書き散らしていて。

自分の中で「駄菓子屋文化論」みたいなものはまとまっていて、点が線になり面になり分かって来てはいるんですが。そこまで本来ならやっていきたいんですけど…。
たつお
たつお
かなり使命感がありますね!
土橋さん
土橋さん
全然儲からないのに、体が痛いのに、子供たちのためにお店開けなきゃっていう姿を見て、この人たちはなんのためにやっているんだろうって、すっごい不思議だったんですよね。

これを世の中に知らせてやろうっていうよりもまず、僕自身がそこに好奇心を感じて。なんで、金儲け金儲けって言ってる時代に、こういうことをやってる人たちがいるのかなぁって。
たつお
たつお
確かに。子供の頃は考えもしなかったですね…。
土橋さん
土橋さん
でも1軒2軒…とまわっているうちに、「使命感」になったんですよ。世の中には著名人とか文化人とかとかメディアに取り上げられている素晴らしい人たちもいますけど、こういう場所にも素晴らしい人たちっていたんだよって。

それを世の中に知らせるっていう、勝手な使命感ですけどね(笑)。
たつお
たつお
いえいえ、素敵な使命感です。
土橋さん
土橋さん
…ていうのとやっぱり、「見つける」行為ですよね。街を歩いて探し当てる行為に、自分の中に満足感があったんですよ。

子供時代にやってたゲームなんかで、伝説の宝を探し求めるみたいなもんですよ。
たつお
たつお
駄菓子屋の方とは初めからお話しされていたんですか?
土橋さん
土橋さん
ブログ載せる載せないの前から駄菓子屋のおばちゃんたちと話したりはしてましたよ。「最近の子供達ってどうですか」、「変わってない駄菓子もいっぱいありますね」とか。

そうすると駄菓子屋のおじちゃんおばちゃんの回答って結構同じで、「子供たちは可愛いよ」って。「カラダいてぇけど店開けねぇと子供たちがうるせぇから」って(笑)。
たつお
たつお
いいですね。憎まれ口叩くけど本当は可愛いんですもんね。
土橋さん
土橋さん
そういう話を聞いていくうちにどんどん溜まっていったって感じですね。駄菓子屋まだまだあるじゃん!っていうのが発見で。

でも仕事でもプライベートでも話してみると、9割以上の大人が「知らない、もう行ってない」って言うんですよ。まだこんなにあるのに。そういった気づきが重なって、今の活動になって行った感じですね。
たつお
たつお
駄菓子屋のおじちゃんおばちゃんはどんな思いをもっていらっしゃるんでしょう?
土橋さん
土橋さん
彼らは今の子供だけじゃなくて、我々親世代も「子供達」って呼び方をするんですよ。

そういう子達が里帰りして寄ってくれたりとか、自分の子供連れてくるとか、転勤しちゃうから最後に買いに来たとか。そういう瞬間があるからやめられないっていう人もいて。そういうことって、誰も言ってくれなかったし、そう思ってるなんて知らなかったんですよね。
たつお
たつお
子供時代はそんなこと気にしないですしね。
土橋さん
土橋さん
そうですね、大人になってからでも帰ってこられる場所だっていうことも新たな気付きでしたね。
たつお
たつお
そういった気付きって大人になってから駄菓子屋に触れないと思い至らないように思いますが、何かきっかけはあったんでしょうか?
土橋さん
土橋さん
子供の頃って、子供から一方的に自分の話を聞かせるだけだったんです。

大人になってから立場が変わって、自分のことを話すばかりでなく、おばちゃんの話を聞くようになって。
たつお
たつお
なるほど…。たくさんの方とお話しされてきたと思いますが、これまでに何軒ほどまわってこられたんですか?
土橋さん
土橋さん
駄菓子屋かそうでないかのグレーゾーンのお店も含めて、370軒くらいはまわってますね。8割はめちゃめちゃ原始的に自分で歩いて、2割がネット・口コミってイメージです。

外歩いているとなんとなくこの辺りにありそうっていうのが分かったりしますね。
たつお
たつお
グレーゾーンというのは??
土橋さん
土橋さん
僕自身は駄菓子屋だと思うんですが、お店のおばちゃんが駄菓子屋だと思っていないケースがあるんです。

でもガチャガチャがあって、駄菓子屋のゲームもあって、駄菓子もめちゃくちゃ置いてあるのに、「雑貨屋です」「文房具屋です」って仰る方がいるんです。

そう言われちゃうと、僕がいくら駄菓子屋と定義づけたところで平行線なので、それがグレーゾーンです。結構あるんですよ。今まで100軒くらいそういうのがあったかな。
たつお
たつお
なるほど。ちなみに、土橋さんご自身では「駄菓子屋」をどう定義しているんですか?
土橋さん
土橋さん
僕の中では、駄菓子が売ってて、お店の方も子供達も駄菓子屋だと認識しているお店。

あとは、家と店舗が一緒になって、家主が店主としてお店に立ってる。もしくは家が近くにあって家主の土地でやられているケース。
たつお
たつお
お店だけじゃなくて、その地域で駄菓子屋を作っているイメージですね。
土橋さん
土橋さん
そうですね、さっきのグレーゾーンっていったお店も、周りの子供達が駄菓子屋だって言ってるわけですよ。でも店主本人に自覚がない。

とはいえ、お店に来る子供達のことは好きみたいですけどね。今は、いかにも「駄菓子屋」っていう形でやってるところの方が少ないかもしれないですけど。
たつお
たつお
駄菓子屋さんって代替わりして続いていくものなんでしょうか?
土橋さん
土橋さん
駄菓子屋は1代で終わるケースが圧倒的に多い気がします。でも、懐かしいだけじゃないってことは言いたいんですよ。メーカーさんも問屋さんもそうで。

僕らが生まれる前からずっとその商売をやってる人たちに対して、「懐かしい」の一言で片付けちゃっていいのかなっていう葛藤はずっとあるんですよね。スーパーとかショッピングモールとかの駄菓子コーナーで、若いカップルとかが見て「懐かしい〜」とか言ってるの見るともうダメ。

ちょっと待てよと。
たつお
たつお
(正直、懐かしいって言ってしまう気がする…。)
土橋さん
土橋さん
あとは、僕からしたら駄菓子屋の「おばあちゃん」は存在しないです。いくらご高齢でも現役で店に立ち続けているのであれば「おばちゃん」なんです。

だから、「おばあちゃん」って言ってるの見ると、待てよと。おばちゃんだと。それも統一していきたいですけどね。草の根運動で。
たつお
たつお
(危なかった…!)そういった草の根運動も含め、駄菓子・駄菓子屋に対する野望はありますか?
土橋さん
土橋さん
最近、駄菓子メーカーの廃業ラッシュなんですよ、結局廃業しちゃった駄菓子をどうするかというと、現状誰も何もできていないんですよ。これをなんとかしていきたいですね。

廃業しちゃった、特に小さなメーカーさんってその後連絡先も分からないことが多くて。そういう人たちに出て来ていただき知識と経験を教えて頂くプロジェクトを。

メーカーと問屋と駄菓子屋とが、どうすればいいのか、本当に危機感を感じている人が集まって、密な、ガチな話し合いしたいですね。
たつお
たつお
ただ懐かしむのではない、真剣に未来に向け前進させるためのプロジェクトですね!
土橋さん
土橋さん
僕自身は駄菓子を使ってなんとか金儲けしたいみたいな思いはなくて。でも、僕のこれまで貯めてきた知識とかを吸収して、それで何かをやるって人が増えるのは大歓迎なんです。

駄菓子屋巡って記事を書いて発信して…を自分1人でやるのには正直限界感じてるんですよ。ある程度自分の中で文化論みたいなものはまとまってきているので、それの確立に力を注ぎたくて。

そろそろ各地に志を継ぐ弟子の様な人が出て来て、僕と同じ様に駄菓子屋巡ってくれないかな~なんて思います。僕も楽だし(笑)。
たつお
たつお
ちなみに、現在は「残していこう」という志のお仲間はいらっしゃるんですか?
土橋さん
土橋さん
もう孤軍奮闘です。全国には僕の様にあがいている人がきっといるんですけど、まだ会ったことはないですね。

僕らも同じリアクションなんですよ。「この駄菓子無くなっちゃうんだ、寂しいね。」って。でもみんな喉元過ぎればで。駄菓子屋さんもメーカーさんも同じ。「なんとかしなきゃ」ってところまで意識してる人ってほとんどいない。

でも、どこかに隠れているはず。その人たちを引っ張り出す。8人くらいしかいないかもしれないけど。里見八犬伝的なね(笑)究極の野望ですね。

取材・文:のみちたつお(@_nomichi_

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土橋 真
駄菓子屋ハンター
東京都台東区出身、1978年9月5日生まれ。駄菓子屋文化の尊さと儚さに誰よりも早く気づき、動き出した消費者代表。ただの懐かしい存在で終わらせないよう、駄菓子屋文化を後世に伝えるため、日夜駄菓子屋を巡り、その方法を模索中。